憧れのナイスミドルへの道は長く険しい

クルマを運転中。
細い道で対向車を察知するや否やスペースを見つけ停車させ「どうぞどうぞ〜」と道を譲るようにしているのだが、手を挙げるでも会釈するでもスマイルするでもなく華麗にスルーされると猛烈にチリチリする、そんな些細なことにチリチリする自分にさらにチリチリすると云う無限チリチリスパイラルに陥るのが嫌なんですよね〜
僕はあの瞬間『機動戦士ガンダム 第34話 宿命の出会い』のある場面を思い出すんですよ。
非武装地帯で主人公アムロ・レイのクルマがぬかるみにハマったとき、敵であるシャア・アズナブルに遭遇し、そのシャアに助けられ無事クルマをぬかるみから出すことが出来るのだが、アムロはシャアを前にし呆然とするばかり。
そんなアムロを見てシャアがこういうのです。

『目の前に敵の兵士を置いて硬くなるのはわかるが、せめて礼ぐらいは言ってほしいものだな、アムロ君』

あの場面が脳裏に浮かぶんですよね〜

なんて話をお客さんとしておりましたら、そのお客さんに言われたんです。
「僕も以前はチリチリしてましたよ。
でも、僕が首を悪くしたときに、同じ場面に幾度か遭遇したのですが、ホント首が痛くて何もリアクション出来なかったんですよ。
悪いな〜と思いつつも。
だから、それから僕は思うようにしているんです。
『あ、あの人もきっと首が悪いのかもしんまい。そうじゃなくてもきっと何かしらリアクションすることが出来ないのっぴきならない事情があるに違いない』とね。
そもそも、相手はアムロじゃないしテッペーさんもシャアじゃないし!」

このお客さんの言葉を聞き、僕はハッとしてグッと来たのでした。
チリチリする前に、ムッとする前に、相手がなんでそんなことをするのか考える……。
これを実践することによって、また一歩憧れのナイスミドルに近づけるに違いないなと。
近しく親しい間柄の関係では、ある程度出来ていたことなのですが、通りすがりの方々にはなかなか出来るものじゃありません。
でも「出来るかな?じゃないよ。やるんだよ!」と云うノッポさんの名言もありますし、ここはやはり実践実践また実践だなと。
そう繰り返すことによって、人はやっと習慣化できるものなのだと。
そう思い至ったわけです。
四十路半ばにして、やっとこの境地を目指し始めたわけです。
でも遅いってことはないはず。
ナイスミドルへの道は長く険しいのは周知の事実。
一歩一歩進んで学んで得ていくしかないんですよ。
悲しいけど、これ人生なのよね。
それでは股旅。

未来は甚だ明るい

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息子が折り紙を持ってきて、これで手裏剣を作ってくれと云う。
作ったことないのでネットで検索したら出てきたのでやってみたら、これがどハマり。
すでに十数個は作っただろうか。
これを書いている今でさえ作りたくてウズウズしているくらいなのである。

 

今更ながら感心したのは折り紙の奥深さ。
調べれば多種多様な折り方がある。
そのどれもに共通しているのが、やはり最初の一折り。
ここから正確に折らないと仕上がりは甚だしく悪いものとなる。
いや、下手したら途中で折ることが出来なくなることもある。
最初の一折りに限らず、毎回毎回キチンと折っていかないと美しい手裏剣は作れない。
その融通の利かなさにどハマりしてしまったのだ。
日頃モットーにしている脱力楽観まあいいじゃんそれでいいじゃんいいじゃん的ノリが全く通用しないのがたまらなく面白いのである。

 

最初の一手で決まる。
これは、自分の仕事にも相通じるものだと思った。
いや、人生生活などなど全てにも通じるものかもしれない……と大袈裟に考えてみた。
折り紙、甚だ奥深しなのである。

 

どハマりしているといえば、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』なのである。
何を今更と笑われるかもだが、今まさに最高のタイミングで観られていると思えているのでこれで良し。
面白い!最高!との評判はガッシガシ耳に入って来てたのだが、いつ観る?今でしょっ!とは、何故か何故だかなかなかならなかったのだ。
それがふと思い立って観たのがつい先日。
ゴンヌズバーとどハマりしたっつーわけなのである。
全編を通してビッシビシ五感に響き渡るエネルギーが尋常じゃない。
血湧き肉躍るって形容がドンピシャ。
大袈裟な物言いになるが「生きる活力」にすらなり得る作品だと感じている。

 

マックス役のトム・ハーディーの魅力も凄まじい。
今後の人生を「俺はトム・ハーディーに似ている!いや、俺はトム・ハーディーだ!」と唱えながら生きていこうと思えたぐらいだ。
トム・ハーディーの方が全然年下なのに。

 

先日観た『レゴバットマン ザ・ムービー』でも感じたが、こんなスピード感とテンションがスタンダードになるのだろうか。
ともあれ、未来は明るい!
見渡せば、逆のネガティブな未来観ばかりが目につくので、ここで敢えて言おうと思う。
未配は甚だ明るい!

 

さてと。
GOOD MUSIC & POSITIVE VIBRATION をモットーに今日も生きよう。
完璧な休日になりますように。

 

股旅。

二十歳の火影

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今月号の雑誌『POPEYE』の特集は「二十歳のとき、何をしていたか?」。
これはもう読まなくちゃだな!と鼻息荒く手に取ったわけだが、今となって「あれれ?何で私はこの特集に惹かれたのだろうか……」と不思議な気持ちになっている。

 

自分自身の二十歳の頃を思い出してみたが、それはちょうど二年目の浪人生活真っ只中。
何者でもない自分に苛立ち、諦め、焦り、そして「まぁいっか!」と開き直った年だったな〜とおぼろげながらに記憶を辿ったんだった。

 

ページをめくれば、輝かしい二十歳を過ごしている方々ばかりで気が引けた。
あの頃のオレよ。
日々何を考え過ごしていたんだい?
何か格好良いエピソードはあるかい?
どんな音楽を聴いてたんだい?
どんな本を読んでたんだい?
どんな映画に感銘を受けていたんだい?
四十六歳になったオレは笑っちゃうぐらいに二十歳の頃の自分を思い出せないぜ。
二年目の浪人生活はそれほど不毛だったのだろう。
嫌な思い出も輝かしい記憶もないのだから。
アイルトン・セナもカート・コバーンもまだ生きていた1991年のことだ。

 

そんなことをぼやぼや考えていたらラモーンズが聴きたくなった。
自分自身としては、あまり思い入れがあるほど聴いてこなかったバンドなのだが、二十歳の頃の自分を思い起こしているBGMとしては最適だなと思った。

 

それから くるりの “There is(always light)” を聴いた。
ああ、ロマンチック。
こんなBGMが似合う、そんな格好の良い二十歳の頃を過ごしたかったもんだぜ。

そこに秘められた店としての志

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昨日、店の片隅に立てかけてある Letter Board の文字列が爆発的にさりげなく差し替えられていることを発見し即座に私はピンと来ました。

 

「ハハ〜ン、これは息子(来月五歳)がいたずらをして、でもそれがバレないように、自分なりに戻してみたに違いないな!」と。

「でも、スペルなんつーことはもちろん知らないわけで、息子なりにバランスよく仕上げたつもりなのだろう。これで完璧だ!」と。

 

こんな何気ない出来事に息子の成長を感じるのです。
誤魔化すとか、嘘をつくとか、責任転嫁するとか、まあいけないことではあるのだけれども、そういうことも出来るようになったのか〜ヨシヨシ!
と親バカなバカ親なので感心してしまうのです。

 

この Letter Board 。
私的には大いに気に入っている代物なのですが、未だお客さんから感心を持っていただいたことは一度もナッシング。
これは、ある意味、DOODLIN’ BARBER SHOP の志を現しているつもりの物でしてね。
表記しているのは、いろいろ様々な音楽のジャンルで、当店はそれらをない交ぜにただただ気分で流している店なのですよ……と云う、まあほんわかとした意思表明(裏コンセプト)みたいなものなのです。

 

はてさて。
しかし、この息子のいたずらの痕跡をどうしたものか。
このままにしておきたい気持ちもあるが、これを見た方に「あれ?スペル間違ってね?しょせんそんなものなの?」と思われるのも甚だ癪なので、ひとまず写真に収め、後で息子に「これをやったのはキミかい?」と確認してから修正するとしましょうかね。

ここにしかない何処かへ

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先日、某バンドのPVをぼんやりYouTubeで観ながら、そこに投稿されたコメントを眺めてみたんです。
そこには賛否両論雨あられ。
否の投稿で多かったのが「前は良かった……」「もう終わったな……」的なものでした。
これって作る側としては難しいところかと。
変わらなかったら変わらなかったで「ワンパターン!」「成長しないね〜」とバッサリ言われちゃうことも多いでしょうしね。
「わかってくれる人だけでいい!」
と開き直っちゃうのもなんだし、いやはやホント表現する側って大変だなあとしみじみ思いました。

 

でも、太く長い目で見ると賛否両論が起こらないものは、あまり良くない方向へ向かうことのほうが多い気がします。
だけどまあ、否定的な人たちを切り捨てろってのも乱暴だし、そこを満足させつつ変化してくっつーのはね、なかなか難しいんじゃないかと。

 

これって僕らの仕事でも言えることで、変わらない良さって大事だけど、やはり変化しないといかんよねってのがあります。
一応僕も自分と店の変えるべきでない良さをちゃんと見極めつつ、爆発的にさりげなく変化もしなくちゃなと意識しているつもりです。

 

こんなことを考えたりしている日々ですが、ちょうど良いタイミングでくるりの岸田繁さんがイイこと言ってました。

 

『日常生活の中では、欲をかいて色々やろうとすると、すぐに失敗する。
掃除と洗濯を同時にやれるのはプロだ。
味噌汁ときんぴらごぼうを同時進行で作れるのもプロだ。
ギターを弾きながら歌えるのもプロだ。

さらに言えば、AさんとBさんどちらも満足させられるのは凄くプロだ。

正直、ずっとそれが出来ればと思ってた。
万能感って言うんですかね。
言い換えればただの欲張りって言うんですかね。

でも、なんか最近そういうのんどーでも良くなって来た。
自分が満足すりゃええわ、くらいしか思わなくなってきた。
現実的に無理なものとか無茶な欲望にあまり振り回されなくなったような気もする。
これ結構俺の中ではデカい。

まぁ、歳やな……』

 

これを読んでガツンと来て、そしてそれからホッと救われるような気持ちになりました。
今年四十二歳になる(素晴らしい楽曲を多く作り、世にも認められている稀有な才能の持ち主である)岸田繁さんに今年四十七歳になる全く無名の小さな床屋の店主である僕が図々しくも共鳴しまくってみたわけです。
申し訳ない。

 

まぁ、歳やな……

 

この感覚、日々日常常々身の回りに横たわっています。
何を持って自分は満足するのか……
ここを探求していこうと思います。
ここにしかない何処かを目指して。

 

さてと。
一仕事取り掛かる前に 銀杏BOYZ の “エンジェルベイビー” でも聴きましょうかね。

 

ああ、気持ちイイ。