まさかの電光石火

庭に現れたカナヘビを息子がこともなげにサラッと捕まえたから驚いたのです。

正直、そのやり方じゃ無理だよ……
絶対逃げられるって……
いや、失敗するっつーのもまた良し!
何かと口出しするのはオレの悪いクセ!

そんな思いが逡巡していただけに、それはそれは衝撃的光景だったんだった。
私の常識&想像を軽々越えた電光石火の如く荒技を繰り出した息子。
いやはや感服いたしました。

これからの人生、息子から教わることばかりになるかもしんまい……
そんな気がしまくっているのです。
でも、それってきっととても幸福なことよね。
ですよね。

くだらないの向こう側

近頃また本が読めている。

「いや、ちょっとこれ無理っす!」

と途中で読み進められなくなった『千年の愉楽』(中上健次著)を再び手に取った。
相変わらず凄まじい筆致なのだが、今は読める。

読んでいるうちに、体の奥底にモワワーンと澱みが出来る感じも、今は悪くない。
むしろ心地良いくらいだ。

で、読みながら微音で MOGWAI を流したりしているんだが、オレはハッと気づいた。

多分オレは MOGWAI を流しながら、中上健次を読む……
そんな自分が好きで、そんな自分に酔っ払っているのだ。
本当に本質的に好きなのではない。

あ〜オレ入っちゃっているね〜イイよ〜イイ感じ〜

と泥酔しているだけなのだ。
こういう人の深淵に触れるような作品ではなく、ペラッペラでスッカスカのものの方が本来好きなのだ。
わかったよ。
わかちゃったよ。

でも、それが悪いってことではない。
恥ずかしいことでもない。
そんな自分もいるよね〜って気づいていればオッケーだろ。

こんなふうに考えられるようになったのも、五十歳になったからかしら。
うふふ。

そんなわけで、オレは『男気の作法』(ブロンソンズ著)を手に取るのだ。
この清々しいくらいの しょうもなさ &くだらなさ。
これだよ、これこれ。

誰かが、くだらないの中に愛がある……
なんて歌っていたが、あれホントだな。

くだらなさの向こう側に何があるか……
あれがあるのよね。

でもね。
人間、時にはシリアスなのも必要ね。
いつも、ふざけてばかりだとバカだと思われちゃうからね。
バカだと思われるのが大嫌いな馬鹿だから、難しい本読んで「ふ〜む……」なんつって憂いたりするのよ。

楽しいね。
うん、すごく楽しい。

股旅。 

想定内じゃつまらない

そろそろ移転六周年くらいになるんじゃないですか?
これどうぞ!

とお客さんの湯舟さん(所沢整形外科ペインクリニック院長、20年くらいのお付き合いになりますかね。ありがとうございます)から手渡されたのが、ダフト・パンクのポスターだったもんだから狂喜乱舞しました。

いつか私が「欲しかったんだけど迷っているうちに売り切れちゃったんですよ〜ゲヘ〜」と言ってたのを覚えててくださって、探してくれたのだそう。
いやはや、ありがたし。

ダフト・パンクの、しかも「DISCOVERY」のツアーポスターってのがミソ。
多分、皆さんも一緒だと思うのですが、私がダフト・パンクのアルバムの中で一番好きな作品でして。
リリースから20年が経つというのに全く色褪せない、いつ聴いても最高な気分にしてくれる名盤中の名盤なわけです。

で、何でこの作品にそこまで惹かれるのか……

それはダフト・パンクの二人の「このアルバムは、僕たちが少年時代にワクワクしたものを全部詰め込んだものなんだ」って言葉を聞いて、ものすごく合点がいったのを覚えてます。
ともかくね、キラキラしてドリーミンなんですよ。
まるで おもちゃ箱をひっくり返したみたいなね。

そんなわけで、これは直ぐにフレームインしなくてはと今さっきジョイフル本田に行ってきました。
妻さんのアドバイスに従い、ホワイトウッドのものをナイスチョイス。

ついでに、最近再び使い始めた “WORKS & LABO.” のデニムエプロンのヒモが切れてしまったので、これまた妻ちゃんの助言に従って、真田紐を選んだのですが、合わせてみて鳥肌が立ちましたよ。
ジャストミートとは、まさにこのこと。
ドンピシャリだと思いました。

自分一人で選んでたら、想定内で終わっちゃうんです。
この 「ウワー!」って心が揺さぶられるようなことが起きないんです。

大切ですよ、このウワーーーーーッ!って。

面白くて温かくてカッコ良くて胸が高まる。
これからそういう物事をドシドシ探し見つけていきたいです。

音楽はマジックを呼ぶ

空き時間。
外は灼熱、僕はぼんやりと砂原良徳の名盤『LOVE BEAT』を聴いている。

このアルバム、リリースから今年で20周年ってことで、待望のアナログ盤での再発もあると知りテンション駄々上がりしているわけなのだが、と同時に「いやちょっと待てよ、20周年って……」と絶句してしまった。

その音と音の隙間にある美学に酔いしれ、世の中にこんな音楽があるんだ、まさにタイトル通り「LOVE BEAT」
だぜ!と感嘆しまくってから20年もの月日が流れてたいたなんて……マジか……マジなんだよ。

誰かがこんなことを言ってたのを思い出した。
小学生は10分間の休憩時間に全力でドッチボールをする。
でも、大人は一息ついてぼんやりと何もしないうちに10分が過ぎ去ってしまうと。
絶対同じ「10分」ではないと思うのだ。

10歳から30歳までの20年間と、30歳から50歳までの20年間も圧倒的に明らかに違うと感じる。
まあ、好きなのは30歳からの20年の方なんで別にいいんだけども……なんてこれを言っちゃおしまいか。

で、これからの20年はどうなるのだろうか。

70年なら一瞬の夢さ……

そう歌ったブルーズマンがいたが、これも多分本当のことなんだろう。

若者が嘆いていた。

「若いときに聴いていたミュージシャンが未だに現役バリバリで羨ましいっす。
自分たちの世代のミュージシャンで、20年後も一線でやっている人いなさそうで……」と。

これはまあ、その時になってみないとわからないことなんで、なんとも言えないのだが、きっと、いや絶対聴き継がれ続ける音楽はあるから、自分が好きな曲がそうなるといいですねと言っておいた。

20年前、初めて『LOVE BEAT』を聴いたとき。
これは絶対数十年後も聴かれ続ける名作だ!
って思ったりしなかった。
今の若者はそういう着眼点で物事を見つめているのかもな〜なんてぼんやり考えた。

うん、何事もぼんやりが良いと思う。
俄然、ぼんやりを推奨する。

ホント時の流れっっつーのは一体なんなんだろうね。

五十路ラプソディ

“今年はものすごく早い梅雨入りをするぜ、気をつけな!”

って鼻息荒い話もありましたが、関東甲信の梅雨入りはまだまだ先になりそうだとのこと。
外は真夏日。
そして、にわか雨の気配が近づいている。
そんな隙をついてグイグイ伸びてきている芝生ちゃんたちをそろそろカットしなくてはですね。
これもまた床屋の仕事なのである。

50歳ってどんな感じですか?

近々四十路に突入するお客さんが、少年のようなキラキラした眼差しで訊くのです。

私は眩しそうに応えます。

“そうですね……
40歳になったときとは明らかに違う何かがありますね。
でも、その何かってのはイイものですよ。
なんかこう、ちょっと楽になるって言うか開き直れるような、それでかつ皆んなが大目に見てくれるようになった……そんな感じです。”

お客さんは、サンドウィッチマンの富澤たけしさんのようにこう言うのでした。

“ちょっと何言ってるか分からないんですけど……”

ですよね〜!
まぁつまりですね。
こんな店でも十数年続けていると、それなりの何かがあるんじゃないか?
と思ってもらえるってことです。

それプラス店主が50歳になったぜってのもあって、謎の説得力が生まれたのをビンビン感じているわけです。

例えばです。
店内BGMで「これはちょっとどうなの?」って曲が流れてたとしてもですね。

「このオッサンが選曲したなら、これはもしかして今イケてる音なんじゃ?まさか?」

とスーパーポジティブな反応をいただけるようなね、そんな感じなんです。

もちろんね、だからと言って調子に乗ったり、図に乗ったり、痛い勘違いはしないように気をつけてます。

ただね、ちょっとは傲慢になった方が良いかなと思ったりもしたりしてます。
謙遜がイヤミに取られたりすることもあるんじゃないかと。

だから、第二次少年期だと思って、この五十代を好奇心の塊になって爆走したいな〜と考えてます。

さてと、芝刈バリカンの充電も完了したようなので、バリバリ刈ってきます。
刈るの結構得意なんで。