店と名盤と私

こんな音楽が流れてて、それがさりげなくキマッているような、そんな店に出来たらイイな……

なんて開店当初に妄想していたアルバムが三枚ありまして、このラテン・プレイボーイズの1stも、そのうちの一枚なのです。

いつの時代なのか、どこの国なのかわからないような、そんな店にしたいぜ!

なんて鼻息荒く掲げたコンセプトにドンピシャなこのアルバム。
あの頃の、ところ構わず熱くなりまくっていた自分を思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしくて失神しちゃいそうですが、それも“若さ”の強みだよね〜と図々しく開き直ってみることにしました。
開き直り、それが五十路間近である床屋のオッサンの生きる道なのです。

ちなみに、後の二枚はトミー・ゲレロの『ソウルフード・タケリア』とベン・ハーパーの『バーン・トゥ・シャイン』というアルバムで、どちらも今も愛聴してますし、こんな音が似合う店にしたいって思いも燦々と燃え上がっております。
(来月リリース予定のベン・ハーパーの新譜が猛烈に楽しみでもあります)

近頃、この“似合う”って大事だよな〜と痛感させられることが多くなりました。
自分が抱く自分や自分の店のイメージと、他者が抱くイメージ。
これが乖離し過ぎないようにしなくてはな〜とぼんやり思っております。

そのギャップが味!

ってのも、ありっちゃありですが、それももういいかなと。
もう意外性はいいかなと。
いつの間にか二十代、三十代の頃とは真逆の考え方に行き着きました。
若かりし頃の痛々しさも全部抱きしめて。
面白いもんです。

股旅。

イイじゃん、それで。

近頃、息子からの影響で Linkin Park なんぞをレコード棚から取り出してよく聴いている。

このデビューアルバム、よくよく考えてみるとなんとリリースされて二十年も経っちゃっているのね。
「二十年かよ……」とポツリと呟きつつ愕然としてしまった。

二十年前、すなわち2000年なわけである。
2000年が二十年前……戦慄が走らずにはいられない。
ヤバいな……嘆息が止まらんよ。

二十年前、すなわち自分はすでに29歳だったわけで、二十年も前なのに、自分はすでに一端の年齢だったわけで、なんかもう全てがウンジャラゲである。

そして、このアルバムのこのジャケットデザイン。
私の中で、なぜだかこのアートワークはとてもカッコ悪い位置づけで、よりによってなんでこんなにカッコ悪くしちゃったのかな〜と二十年前から今までずっと思っている。
自分なら絶対これはジャケ買いしない。
でも中身は最高!
ってところが憎いアンチクショウなわけである。

しかし、この年齢になって、まさかこのアルバムをまた聴くことにはなるとは……
しかも、それが息子からの影響っつーね。
やはり人生わからんもんだ。
全く予想出来ない角度から気持ちいいパンチが飛んできてジャストミートしやがるから面白い。

にしても、四十九歳ともなると、ヒゲが白くなるもんだな。
髪も少しずつ白髪が増えてきているのを感じる。
まあ、年齢考えるとそりゃそうなんだが、そんな当たり前が、なんだか感慨深かったりするのだ。
あ〜当たり前が、ちゃんと当たり前なんだよな〜って。

息子と妻さん。
家族から影響受けるのが楽しいし嬉しい。
結構、私が偉そうに言っていることって、妻さんの受け売りだったりするからね。
でも、イイじゃん。
イイじゃん、それで。

また新しい何かが僕を待っている

営業をなさっているお客さんに「何かコツとか秘訣みたいなものってあるんですか?」と訊いてみたら、こんな話をしてくれた。

「理美容師さんですと、例えば再来店を勧めるDMを出そうかな〜って考えたときに、『なんだこれ?しつこいな〜必死だね!(笑)』なんてネガティブな反応をするんじゃないかって人を思い浮かべて、あーヤメよ!ってなることがあるじゃないですか。
実際は、そんな反応する人なんてごく一部で、ほとんどの人が好意的か特にイヤな反応をしないんですよ。
でも、ネガティブな反応をするであろうごく一部の人に引っ張られてしまう。
こんなんで行動を制限するのはもったいないですね〜
私だったら、三割の人しか好意的に受け止めてくれなくても動きますね!」

この話は随分とふに落ちた。
確かにそうなのだ。
ほんの一部の否定的反応をする人たちをイメージして尻込みしてしまうことがままある。
ホントもったいないですな。
でも、図々しくはなりたくない。
この辺りのバランスを華麗にとりたいもんだ。

「帽子いくつ持ってるんですか?」
お客さんの突然の質問に狼狽えた。
「数えたことないですねー」
「そんないっぱいあるんですか!」
「いや、そんなにはないですけど、なんかこう……数えたら負けと云うか……」

ってことで、数えてみたら九個だった。
なんてこたない。
コレクターでもなんでもない。
この話はレコードにも当てはまるが、レコードはまだ数えないでおく。

息子が、スリップノットのアルバムを買ってくれと言うので、某中古屋さんに行ってきた。
この辺りにあるかな〜とCDコーナーに行ったら「これじゃないよ!レコードで欲しいんだよ!」と言い出したから驚いた。
ジャケットが大きいからレコードが良いのだそうだ。
息子よ、それは確かに正解だ。
でも、CDにしような!

ってことでお目当てのアルバムをゲット。
290円也。
ついでに、リンキン・パークの1st、2ndアルバムもゲット。
こちらも290円。
三枚で870円也。
安い、安過ぎる。

リンキン・パーク、久々に聴いたがやっぱりかっこいい。
中心メンバーに日本人がいることが嬉しい。
フロントマンが一昨年に急逝してしまったことが悲しい。

今日も刺激に満ちた一日になりそうだ。
いや、そういう一日にしよう。
また新しい何かが僕を待っている。

十四才

大人になってからの音楽の好みは14歳の時に聴いた音楽で形成されている……

って何かの本に書いてあったけども、確かにそうかもと思う今日この頃なのです。

私がふとしたときに口ずさむ曲がいくつかあって、Paul McCartney の “No More Lonely Nights” 、Dennis DeYoung の “Desert Moon” 、The Alan Parsons Project の “ Don’t Answer Me” などがそうなんだけども、コレ全部中学生のときに夢中で聴いていた曲なのだ。

試験勉強や受験勉強で夜更かししてるとき、ぼんやり居間に出てきて、ぼんやりテレビをつけて、ぼんやり眺めていたのが、当時放送されてた『ベストヒット USA』や『ミュージックトマト』だったんだった。
この頃好きだった曲って今でもずっと好きだもの。
(邦楽だとTHE BLUE HEARTS、ARB、ショーケン、RCサクセション辺りかな)

男性の場合は13~16歳の間にリリースされた曲が、大人になってからの音楽の好みに大きな影響を与えるらしくて、確かにそう考えると、17歳になったときには、あれこれと理屈で考えて音楽を聴くようになってて、そのときの自分が痛々しくて恥ずかしくて、なんだか黒歴史的なものもあったりするのです。
(いやもちろん、今でも大好きな曲はいっぱいあるけども)

16歳までは “純” だったからなのだろうな、多分。
心の奥底にジンワリ横たわっている曲たちは、十四歳の頃のものが最も多いって感じます。
なんでかしら。

それで面白いのが、女性の場合は男性より少し早いことです。
女性は、11~14歳の時に聞いた音楽の影響が大きく、平均13歳の時にリリースされた曲が最も好きな音楽になるのだそうです。
全然、女子の気持ちなんてこれっぽっちもわからない自分だけども、コレは確かにそうかもなと思う。
なんかそうだったじゃないですか、中学生の頃って。
女子の方が、ちょっと先を行っている感じがあったじゃないですか。

ザ・ハイロウズもこう歌ってましたよ。

♪あの日の僕のレコードプレーヤーは
少しだけいばってこう言ったんだ 
いつでもどんな時でもスイッチを入れろよ
そん時は必ずおまえ 十四才にしてやるぜ♪

ふとした瞬間、口ずさむのはスイッチを入れているとき。
随分とオッサンになってしまったけども、それはとても喜ばしいことだけども、自分の中のどこかにまだまだ十四歳の頃の感性がまだ残っているのを感じる。

まあ、何が言いたいかっつーと、やはり音楽は素晴らしいということ。
ずっと聴いてきて良かった。
ずっと好きで良かった。
そういうこと。

股旅。

NO MUSIC,NO LIFE?

「NO MUSIC, NO LIFE.」と云えば、タワーレコードのポスターでお馴染みのコーポレート・ボイスであります。様々なアーティストが、そのコーポレート・ボイスに寄せてのメッセージを載せていまして。それがまたグッと来るものが多くありまして。

で、自分自身の生活を鑑みると、私もまた結構「NO MUSIC, NO LIFE.」を地で行く床屋のオッサンになって来たよな……やっとだけどもね……と思うのです。何しろ、かなり長い間寄り掛かって来ましたからね、音楽に。寝ても覚めても聴いてますからね、自分の好きな音楽を。もしかしたら、そのためにこの床屋って仕事を選んだんじゃ?自分が好きな音楽しか聴きたくないから、一人でやっているんじゃ?と思ってしまうぐらいに。

だから、じゃあもし自分がタワーレコードのポスターに……となったら、どんなメッセージを載せようかしら……と思案してみたわけです。

でもね。こういうとき、私の中で何かちょっと上手いこと言ってやろうって野心が沸沸とわいて来るのがイヤでしてね。醜悪だなと我ながら思うわけです。スッとポッと出てくるような言葉じゃないとイヤですよね。こういうとき、どうカッコつけずにいられるか……これもまた一つの“人の器”を測る指針になるんじゃ?と思うのです。

忌野清志郎先輩の
「音楽は・・・・・LIFE そのもの・・・・・・・・・・なんつって。」
なんて、これこそまさに理想型だぜ!と思うのですが、こういう言葉もいつ誰が発したかが至極重要なわけで、自分如きが発しても何にも説得力がないし、そもそも真似なわけで、やはりココは自分の中から言葉が湧き出てくるのを待たなくては……と思い悩んでいるうちに日が暮れて行くわけです。

スリップノットを夢中で聴いている七歳の息子。一心に歌い、腰を揺らし、リズムを刻む、その息子の姿が、今、再び音楽の聴き方を私に教えてくれている。簡単でイイ。難しいことは難しく考えるから難しいのだ。音楽のみでなく、全てに繋がるこの考えを、息子が私に教えてくれている。
(高崎 哲平/DOODLIN’ BARBER SHOP)